何を撮りたいか分からない人にありがちなこと

たくさん写真を撮影してプリントするなりPCに取り込むなりで整理整頓し、数年後に見返したとき、何を撮りたかったか全然わからないものがあります。あるいは何故そんなものを撮ったのかわからない写真がみつかります。撮った本人でさえそうですから、赤の他人が見たときそういう写真は歴史的な評価が無い限り、無価値です。

どうしてそんな不思議な写真が生まれるのでしょう。こういうことは、写真歴の長いベテランさんもかつては通った道のりかと思われますが、多くの方は完全に忘れてしまっていて、ぼくたち素人の気持ちを理解しません。

何が撮りたいか分からない、あるいは何故それを撮ったか分からない

このような文化的損失が生まれる最大の原因は、デジタルカメラの普及です。あまり考えなくても簡単にシャッターを押すことができ、しかもいくら撮影したところでお金はかかりません。購入したカメラを耐久消費財として減価償却計算されている特殊な方を除けば、一枚のシャッターは雀の糞ほどの価値もないのです。

私の写真アプリには実に豊富な失敗写真、なんだかわからない写真が保存されています。この幅の広さにおいてはそのへんのカメラオタクにひけを取りません。その中から厳選された残念な写真をひもといていきましょう。

余計なものしか写っていない

西新宿

はい、一発目から見なかったことにしたい全力投球の失敗作です。なんでこんなもの撮って、しかも後生大事に保存してるんでしょう。ストレージの無駄です。この写真には写真に必要な一番大切なものが抜け落ちています。それが何かおわかりでしょうか?

被 写 体

これ、写真だけでなく絵画でも動画でも必要な画面の中心になるもの。広大な風景を撮影するのであれば、画面全体が被写体になることもありますが、この写真には美しい風景も、目を引く人物も、オブジェクトも、光も、影も、なにも写っていません。しかも若干斜めで、すこしボケていて、画面も明るすぎて白飛びし、色も薄いです。ここまで評価に値しない写真を撮る方が難しいです。首にぶら下げたカメラのシャッターを間違って切ってももう少しマシな画が撮れます。

何故こんなものを撮ってしまったのでしょう。理由はちゃんとあります。

この写真を撮影したとき、私は道路を挟んで反対側に立っており、ズームレンズのテレ端で撮影しました。撮りたかったのは、画面の中央付近にある庇です。おそらくその下にはかつて出入り口が存在したと思われるのですが、配管が通り壁が埋められトマソンと化していました。でもこの写真からそれを見つけ出すのは、心霊を発見するより困難かもしれません。

もうちょっとマシな撮影をするのであれば、道路を渡り、レンズの焦点距離を35mmくらいにして、庇とその下の壁を真正面からとらえるべきでした。それが正解かわかりませんが、どう撮り直してもこの写真より悪くなることはないでしょう。

いろいろ邪魔

谷端川

これは何を撮りたかったかわかりますね。正面のカメラ屋さんです。フィルムが廃れてこういった小さな街の写真屋さんが徐々に姿を消しています。いまのうちにと思って撮ったのだとおもいますが、実に残念なところがたくさんあります。えーっと、どこから突っ込みましょうか。

  • 手前の電柱が邪魔
  • 右脇の壁とか花が邪魔
  • 左の店が邪魔
  • 右の電柱も邪魔
  • 左の看板撮るのか撮らないのかハッキリしろ
  • 建物の上部を撮るのか撮らないのかハッキリしろ
  • 店舗が暗くてよくわからない
  • 道路入れる必要あるの?
  • やっぱりピンが甘い

言いたいことはいっぱいありますが、主な原因は「邪魔なものがたくさん写っている」ことです。写真は絵と違って「余計なものを画面から排除する」必要があります。写真は絵のように恣意的に嘘をつくことができませんから、写り込んだ何かが画面の中で必要以上に自己主張すると、あっという間にカオスと化します。

切り取ればいいってものじゃない

中野坂上

これはまた惨憺たる有様ですね。

別記事でもお伝えしたとおり、全力で斜めになっていますが、全然入りきっていませんし、何の全容を収めようとしたのかもわかりません。しかも右下になんか心霊らしきものが写っています。これ多分家の玄関だと思いますが、被写体が近すぎたために、「思い切って切り取る」ということに挑戦したのだと思います。結果がコレです。

被写体を切り取るというのは、あえて全体を写さないことによって何かを想起させることができる結構奥が深い技術です。想起する必要性のない人んちの玄関先を切り取ったところで誰もなにも考えません。

なんでそんなもの撮ったの?

公園

なんでしょうね、コレ・・・。

かろうじて焦点の合っているのは手前の木の表面の一部ですが、そこにはなにもありません。奥のボケもなんか汚いです。この写真をみて好意的な解釈をするならば「きっと手前の木にトンボかなにかがとまっていて、シャッターを切ったとき飛び去ってしまったんだ」となるでしょうが、実は最初からなんもありません。撮った本人ですら、なんでコレを撮ったのかよく覚えていませんが、この前後の写真から想像するに「単焦点レンズのボケすげー!!」って言ってた時代のようです。なんでもかんでもボかしてスゲースゲーを連呼してたんでしょう。

こういう失敗をしないためには

素人が素人に向けて言えることは3つあります。ベテランさんから見ると「必ずしもそうではない」と感じるかも知れませんが、ずぶずぶの素人には「こうだ!」と撮り方を制限させた方がずっとうまくいくことが多いです。

1.ちゃんとした被写体を選ぶ

意味不明な石とか木とか鉄パイプとかではなく、それが単体で被写体として価値をもつものを厳選しましょう。適当にシャッターを切る回数を減らし「これを撮った結果、その写真を自分自身で振り返ったとき何を期待するのか」というところまで物語を考えて撮るべきです。写真のセンスが全く無い人は、このような純粋でシンプルな意味が欠落していることがほとんどです。適当に感覚だけでシャッターを切り続けている限り、写真は一歩も上達しません。

2.真正面から撮る

この記事で取り上げられた衝撃的な失敗作に共通するのは、被写体(被写体ないのもありますが)に対して斜めから撮影していることです。斜めからの撮影は実は結構難しくて、立体感を出すためにライティングや背景、被写体までの距離、写り込む様々なものなど意識すべき問題が山積するのですが、真正面から画面にピッタリを意識するだけで、撮り手が一体何に向かい合おうとしているのか、が観る人に強く伝わります。

3.三分割法を意識する

撮影にすこし慣れてきたところで、三分割法という退屈で簡単な基礎理論は真っ先に無視されがちです。無視しないでください。これは絶対わすれてはいけません。ぼくたちはきっと死ぬまで素人のままで、素人が基礎を無視した瞬間、それは型破りではなく形無しにしかならないのです。三分割法なんかガン無視するプロの写真家の写真には、それを無視できるだけの強い意志力があります。それを身につけることができるのは、写真で食べている人だけです。

雑司ヶ谷